大学在学中でありながら侍JAPANに召集されている西川史礁さん。
2024年度のドラフト候補とも言われている選手で、どの球団からも熱い視線が送られています。
そこで今回は、
・西川史礁の読み方はみしょう!
・西川史礁の名前の由来
・西川史礁の兄や両親
・西川史礁の高校大学
・西川史礁の経歴も調査!
という内容でお伝えしていきます。
西川史礁さんの名前の由来や経歴も詳しく見ていきましょう。
西川史礁の読み方はみしょう!
西川史礁さんは、難しいお名前であることから、読み方がわからないという方もいるでしょう。
読み方は、
みしょう
さんです。
キラキラネームなどが多い年代では珍しく、日本らしい感じを使ったお名前ということもあり、格好良いですよね!
きっと西川史礁さんも自身の名前を気に入っているのではないでしょうか。
あまりないお名前というのも両親がきっと真剣に考えてくれたからこそなのでしょうね。
西川史礁の名前の由来
西川史礁さんは読み方が「みしょう」ということで、名前の由来が気になりますよね。
実際に、インタビューで名前の由来を聞かれたことがあったようですが、その際には、
「すいません……。分からないんです……。今度、両親に聞いてみますね」
と答えていたということで、未だに由来は分かっていません。
侍JAPANでインタビューをされることが更に多くなるでしょうから、そのうち名前の由来について話されることがあるかもしれませんね。
西川史礁の兄や両親
西川史礁さんの兄や両親について見ていきましょう。
家族構成は、
の4人家族であることが分かっています。
どんな家庭環境で育ったのか、気になりますね!
西川史礁の兄
西川史礁さんの兄は、西川藍畝(らんせ)さんといいます。
上の画像の左が兄の藍畝さんで右が西川史礁さんです。
西川史礁さんが在学中である青山学院大学を卒業されていて、在学中には野球でご活躍されました。
笑顔を見ても、仲が良いのが伝わってきますよね。
兄の藍畝さんは高校時代には、2015年と2016年にセンバツ高校野球に出場していて、2016年にはベスト4になっています。
大学時代は2020年に主将として2部優勝と1部昇格に貢献。
代打で出場した国士舘大戦ではホームランを打つなどのご活躍をされたようです。
大学卒業後の進路は明らかになっていませんが、プロ入りはされていません。
幼少期から野球に打ち込んでいた方なので、草野球など、何かしらの形で野球に携わっているのでは?と言われています。
西川史礁の父親
西川史礁さんの父親は、
凌滋さん
というお名前であることが判明しました。
なんと「西川組」という建設会社の経営者ということで、社長をされているようですね。
西川史礁さんが、MVPを獲得したり、ベストナインに選ばれるなどした際のインタビューでは、
兄が1部リーグの神宮でプレーするのを観る夢はかないませんでしたが、主将として最後に1部昇格を果たしてくれた。兄が残した置き土産に、弟が主力として、MVPとベストナインを獲得して全日本出場をかなえてくれたのは夢のようです
と語っていたという、息子さんの頑張りを見守っている温かな父親であることが分かりますね。
社長という多忙な毎日を過ごされていますが、試合にも毎度足を運ぶほどだということで、侍JAPANでの息子さんの姿もきっと目に焼き付けているのではないでしょうか。
西川史礁の母親
西川史礁さんの母親に関しては、お名前などは公表されていないことが分かりました。
お子さんが2人とも野球をされていたとのことで、食べ盛りの頃には食事を作ったり、体調管理などもとても苦労されたことでしょう。
野球をしていると、遠征があったら引率をしたり、応援にかけつけることも多かったのではないでしょうか。
ゼッケンを縫ったりなどのサポートもしたりがありますよね。
きっとお料理も上手な素敵な母親なのでしょうね。
西川史礁の高校大学
西川史礁さんの出身高校や今現在通っている大学について見ていきましょう。
在学中に侍JAPANに召集されたとのことで、きっと大学でも注目されているでしょうね。
西川史礁の出身高校
西川史礁さんの出身高校は龍谷大平安高校です。
高校からは地元の和歌山を離れて京都府にあるこの学校に通われていました。
高校時代にはあまり目立った成績を残されていないこともあり、ドラフトへの志願はされず、大学へ進学しています。
西川史礁の大学は青山学院大学
西川史礁さんは侍JAPANに召集されて、注目を集めていますが、青山学院大学の3年生で4月からは4年生になります。
大学最後の大会などの成績や侍JAPANでどれくらいご活躍されるのかにもよりますが、ドラフト候補としてとても注目されています。
どの球団から指名されるのか、本人がどこの球団に入りたいのかも、注目していきましょう。
西川史礁の経歴も調査!
西川史礁さんは小学生の頃に野球を始めました。
小学生時代には、川辺ウインスターズに所属して、中学生時代には和歌山日高ボーイズに入っています。
小学校や中学生は軟式野球が多いですが、中学生時代にすでに硬式野球をされていたようですね!
その後、西川史礁さんは高校時代に夢の甲子園に出場されています。
当時のポジションはショートでした。
高校時代にもご活躍はされていましたが、今のように注目されるような選手ではなかったようです。
しかし、野球が好きという思いで青山学院大学に入学すると更に野球の才能が開花しました。
大学3生で4番のレフトでレギュラーを獲得すると、
東都大学野球春季リーグ戦では最高勲章選手賞とベストナインを獲得。全試合出場で16安打3本塁打10打点で0.364というリーグ2位の記録を記録。
第44回日米大学野球選手権大会全5試合4番での出場、19打数6安打で打率は0.316を記録。
そういった成績もあり、侍JAPANへ招集されています。
今後のご活躍からも目が離せないですね。
西川史礁の読み方はみしょう!名前の由来や兄や両親・高校大学・経歴も調査!まとめ
今回は、西川史礁さんについて見てきましたが、いかがでしたでしょうか?
西川史礁さんは、大学在学中ながら侍JAPANに召集されて話題になっています。
プロに混ざって試合などを経験することは今後の野球人生にもとても役立ちそうですね。
今後のご活躍にも注目していきましょう。