北京五輪フィギュア団体で、鍵山優真選手が自己ベストを大幅に更新する演技を魅せてくれました。
最近メキメキと隠れていた実力を存分に発揮中の鍵山優真選手。
キスクラのときに男性コーチが必ず鍵山優真選手の隣に座りますが、いつも杖を持っていて左手が不自由そう。
気になって調べてみると、鍵山優真選手のコーチは実の父親で元オリンピック選手、現在は脳出血で後遺症で左手足の麻痺があることがわかりました。
鍵山優真選手はコーチである父親と、13年間二人三脚で今のポジションを築いてきた感動ストーリーがありました。
鍵山優真のコーチは父親・鍵山正和だった
鍵山優真選手がスケートを始めたのは5歳のとき。
父親でありコーチでもある正和さんが、スケートのインストラクターをしていたことがキッカケです。
鍵山優真のコーチは父親で元五輪選手の鍵山正和
鍵山優真選手のコーチは実の父親で鍵山正和さんです。
鍵山正和さんは日本で最初に4回転ジャンプを跳んだ人で、素晴らしい経歴の持ち主です。
- 1992年アルベールビル五輪
- 1994年リレハンメル五輪
- 全日本選手権3連覇
鍵山正和の選手時代を知る人の声
私もフィギュアは好きで見ていましたが、伊藤みどりさんと同じ世代だったんですね。
その当時は伊藤みどりさんのことが大好きで、女子フィギュアしか見ていなかったので、鍵山正和さんの存在を知りませんでした。
今こうして息子の鍵山優真選手が有名になったことを考えると、当時の正和さんの活躍を見てなかったことは勿体ないって思いますね。
鍵山優真は小学生時代は全
父親が元オリンピック選手で、5歳のときから父親のコーチングを受けている環境であれば、当然血を受け継いで幼少期から素晴らしい才能に溢れていたのかなと思っていました。
ところが、小学生時代は全く表彰台とは無縁の成績だったそう。
この時の成績だけ見せられると、まさか将来オリンピック選手に育つとは想像しづらいですよね。
ちなみに羽生結弦選手の幼少期の成績をご覧ください。
- 2004年全日本ノービスB優勝(9歳)
- 2005年全日本ノービスB2位(10歳)
- 2006年全日本ノービスA3位(11歳)
- 2007年全日本ノービスA優勝(12歳)
- 2008年全日本ジュニア3位(12歳)
9歳のときから表彰状は当たり前の成績を収めていますね。
それでも父親には全く焦りはなく、コツコツと積み上げて行けば必ず芽が出ると信じていたそうです。
鍵山優真の父親が脳出血で倒れる
成績的には不遇の小学時代を過ごした鍵山優真選手でしたが、中学生になってからも成長度は一進一退でした。
鍵山優真選手が中学3年生のとき、父親正和さんが脳出血で倒れてしまいます。(ネットでは脳梗塞と書かれている記事が多いですが、正確には脳出血です。)
病気になったのは不幸なことでしたが、鍵山優真選手が変わるキッカケになったのがこの出来事でした。
これまで家事は全て父親任せ、朝も起こしてもらい、練習も全て父親が決めていた。
何から何まで父親任せだった優真選手は、急に一人でなにかもやらなければいけなくなりました。
父親の正和さんは振付担当の佐藤操さんに臨時コーチを依頼。
それからは鍵山優真選手が自分で練習メニューを考え、佐藤コーチと一緒に練習した動画を病院の父親に見せてアドバイスをもらう生活が続きます。
そして半年後に父親は無事に退院。
の写真は佐藤操コーチと一緒にクスアンドクライにいるときの写真です。
病後で遠征先に行かれない父親の代わりに、佐藤操コーチの手のひらに「父」と書いてあるのも感動ですよね。
鍵山正和さんは車椅子の生活に
脳出血で一命はとりとめたものの、左半身には麻痺が残ってしまった正和さん。
退院後はリハビリを継続し、遠征の移動は車椅子で同行されています。
一時期は歩くことも難しかったようですが、今はリンクサイドを杖をつけば歩けるまで回復されていますね。
鍵山優真と父親の絆が快進撃へつながる
自分が頑張れば、お父さんの病気も必ず治る!!
その思い一心で、鍵山優真選手は心身ともに立派に成長することになりました。
2019年全日本ジュニア選手権で初優勝
父の病気を乗り越え、父に成長した自分の姿を見せたい!
その思いで2019年ジュニア世界選手権に出場した鍵山優真選手。しかも、フリーで使用した曲は父も使用していた思い出の曲「タッカー」です。
その曲に合わせて体いっぱいで力強く滑りきり、見事優勝することができました!
点数が出た瞬間の正和さんは、コーチではなく父親の顔になってましたね。
病気になり半年も直接指導してやれなかったこと、息子が自分の力でここまで心身ともに成長した様子を目の当たりにして、きっと色んな思いが走馬灯のように流れたことと思います。
動画、よかったら見てくださいね。とても感動的でした。
2019年 全日本選手権で3位
2019年の全日本ジュニア選手権で優勝したあとのインタビューで、「シニアで表彰台狙います!」と語った鍵山優真選手。
それを聞いていた父・正和さんは内心「おいおい~」と思ってたそう。
でも、有言実行でしたね!
この大会からシニアに転向し、その最初の大きな舞台で見事3位です。憧れの羽生結弦選手と宇野昌磨選手と並ぶことができました!
上の写真を見てもリスペクトしているのがわかりますよね。
幼少期から憧れていた選手と同じ表彰台に上がれるのに、まるで熱心なファンが握手会に参加したみたいな構図になってます(笑)
それをなんとも微笑ましい笑顔でみている羽生選手と宇野選手も素敵ですよね。
2021年 グランプリシリーズイタリア大会で優勝
この大会もしびれましたね。
ショートプログラムの段階で7位だったのが、フリーの演技で巻き返して大逆転優勝でした!
正和さんのコーチの顔と父親の顔が交互に現れて、それを見ているだけでも感涙でしたね。
まさに父と子の13年間の集大成ともいえる素晴らしい演技でした。
鍵山優真のコーチは父親の鍵山正和!左手麻痺の理由は脳出血 まとめ
鍵山優真選手のコーチは実の父親・鍵山正和さんで、オリンピックを2大会経験している優れた選手でした。
2018年に脳出血を患い、以後は左手足に麻痺の後遺症を抱えた状態で息子のコーチを続けています。
親が子のコーチをするのは、なかなか難しいものです。それが成功したのは、やはりリンクと家の中でとオンオフをキッチリと分けることができた父親の固い決心だと思います。
今後、更に進化に期待しましょう!